「出産前女性労働者にとって働きやすい職場環境を考える

-医学的・法的双方の観点から-」

 

               要   旨

第1節  研究の目的

 この論文の主題は、女性労働者が妊娠・出産しても安心して働き続けられる職場環境の整備のあり方、特に妊娠から出産するまでの産前の期間において、事業主の義務とされている母性健康管理に関する措置を検証し、これから求められる職場環境のあり方を事業主の側面および女性労働者の側面から提示をすることである。

 では、なぜ女性労働者の妊娠・出産に対して、これから求められる職場環境のあり方を提示する必要があるかというと、出産前の妊娠をしている労働者(以下「妊娠労働者」と記す。)の母体の状況と、その為に設けられた妊娠労働者への法的保護の不備および職場環境整備の欠如にあると思われる。

このことは、妊娠労働者の6割以上の者が妊娠・出産を機に退職をしていることでも明らかである。

よって、妊娠労働者の母体の状況と、妊娠労働者への法的保護規定の事業所における設置状況、および妊娠労働者の利用状況とを分析し、出産前の妊娠労働者に対する職場環境の整備のあり方を提示する。

 

第2節  各章の内容

まず第1章では、問題意識を明らかにするために、論者が第一子を出産した1987年の妊娠労働者の状況を述べ、この20年の妊娠労働者を取り巻く職場環境の変化の乏しさを示し、そのことが研究動機となっていることを示した。

 

第2章では、女性労働者の妊娠・出産に際し、母体に生じる変化や、その変化に伴う症状を提示した。健康な一般女性労働者が、妊娠をすることによって、妊娠初期(~妊娠15週)では、卵巣に妊娠黄体ができ、そこから分泌される黄体ホルモンの作用により月経は停止し、妊卵が保持される。また体温は高温相が持続する。自覚徴候としては、つわり(吐き気、嘔吐、食欲不振、胸やけ、唾液分泌亢進)、微熱、頻尿、全身倦怠感、気分易変等がみられる。とくにこの時期のつわり症状は個人差も大きい。

妊娠中期以後の症状は、体温は高温相からしだいに下降し、妊娠24週から28週ごろには低温相にもどり、分娩時まで保持される。循環器系では、母体の生命維持に加え、胎児の健康な発育のために酸素と栄養物の補給をつかさどるため、循環器系の働きには多大な負荷がかかる。妊娠12週ごろより循環血液量が増加しはじめ、妊娠32週から36週には、およそ1500mlほど増加し、それに伴い心拍出量も妊娠前の1.31.5倍となる。呼吸器系では、酸素消費量は胎児のためおよび母体自身のために、約20%増加する。泌尿器系では、心拍出量増加に伴い腎血流量も増加し、肝機能の負担が大きくなる。栄養状態では基礎代謝が亢進し、必要とする熱量も増加する。

以上のように、母体の変化は、全身において、形態的・機能的に大きく変化し、また同時に、その母体の変化や症状は個々人で異なる。

 

続いて第3章では、女性労働者の母性健康管理に対する措置が、実際、どの程度実施されているかについて、平成208月に厚生労働省から出された「平成19年度雇用均等基本調査」、「平成17年度女性雇用基本調査」及び国立社会保障・人口問題研究所から出された「第13回出生動向基本調査」の調査結果を基に、事業所の規定状況と女性労働者の利用状況の間に大きな隔たりがあることを明らかした。

 さらに、論者が独自に行った妊娠・出産を経た女性労働者へのヒヤリング結果により、公の調査結果に現れることのない妊娠労働者の就業を継続するための自己努力と厳しい職場環境の状況を述べることにより、現状の問題点を提示した。

また、第3章の後半では、企業による女性労働者の母性健康管理に対する実際の取り組みを紹介し、その充実した女性労働者に対する母性健康管理制度をみることで、法的な制度との違いを認識した。

 

第4章では、第2章で示した妊娠による女性労働者の形態的・機能的な変化に伴う医学的な措置や、その妊娠の経過に異常を来たした場合の治療法を述べた。

例えば、妊娠中毒症の一つの症状である妊娠浮腫が下肢に表れ(すねのあたりを指で押すと陥没する)、蛋白尿陽性反応が出た場合は、妊娠中毒症の軽症状態であるが、医学的な治療としては、母体の安静を保つとともに、食事療法により、減塩、高蛋白、低カロリー(低脂肪、低糖質)を摂取させる。さらに妊娠浮腫が全身におよび、蛋白尿が高い数値で出た場合は、妊娠中毒症の重症状態となる。治療法としては、母体の安静、食事療法に加え、薬物療法(利尿剤等)が使用される。

以上のように、医学的な措置や、異常を来した症状に対する治療法を明らかにすることによって、母体と胎児の健康を維持するために望ましい措置を確認した。

 

次に第5章では、女性労働者の妊娠・出産に際し、母体に生じる形態的・機能的な変化に対する法的な施策を提示した。

妊娠労働者の母体にかかる負荷を考慮したことによる法的な施策である男女雇用機会均等法(以下「均等法」と記す。)第12条(妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置)、第13条および同法則第2条の3(法第12条の措置)、労働基準法(以下「労基法」と記す。)第64条の3(危険有害業務の就業制限)、女性則第2条(妊産婦の就業制限の業務の範囲等)、第65条(産前産後)、第66条を提示することにより、現在の法的な対策が、妊娠・出産をする女性労働者にどのような保護をもたらしているかを確認し、第2章で述べた母体の形態的・機能的変化に対応ができているか検証した。

 

最後に第6章では、第2章から第5章から得られた分析の結果を、精査し考察した。第2章の出産前の妊娠労働者の母体の形態的・機能的な変化は、個々人の差が著しく、その医学的な措置も緊急を要し重症なものから、特別な措置を必要としない軽症のものまで、多岐に渡っている。

それに対し、母体の状況を医師等が把握し、母体と胎児の健康を守るための、均等法第12条妊産婦の通院休暇規定の事業所の規定状況は、第3章によると、ほとんどのものが法で定められた母性健康管理規定通りであり、規定されていた事業所の割合は、3割程度であったが、妊産婦の通院休暇の請求は、1.2%に留まった。

この均等法第12条では、当該妊娠労働者が、妊娠週数の区分に応じ、健康診査又は保健指導を受けるために、当妊娠労働者からの申出があった場合に、勤務時間の中で、健康診査及び保健指導を受けるために必要な時間を与えなければならないとしている。健康診査及び保健指導には、少なくとも、妊娠23週までは4週に1回、35週までは2週に1回、36週からは毎週、受けなければならない。しかし、妊産婦の通院休暇の請求は、1.2%とほとんど取得していない。実際の妊娠労働者経験者からのヒヤリングでも、年次有給休暇を取得するか、非労働日に健康診査及び保健指導を受診していた。

この均等法第12条の規定では、施行規則第2条の3により義務付けている、その「必要な時間」には、受診時間、保健指導を受けている時間、医療機関等での待ち時間、往復時間を合わせた時間とされている。しかし、付与単位(時間単位か半日単位か等)は事業主が定めることとされており、その通院時間中の賃金の有無についても、言及されていない。

  当該妊娠労働者は、医療機関等よっては、この診療時間等がはっきりとせず、必要な時間を事前に申請することが難しい場合もある。また、通院期間中の賃金が有給であるとされない限り、年次有給休暇を取得し、通院することを選択することも当然であろう。

  さらに、施行規則第2条の3第1号で、当該女性労働者が「妊娠中である場合」と限 

 定していることから、この「妊娠中」とは、「医師等により妊娠が確認された時から」と

されていて、妊娠をしているかどうかを診断する初回の通院(以下、「初回の通院」と記す。)は対象とはならない。

  しかし、実際、妊娠をしているかどうかを診断する初回の通院は、妊娠6週以降が多いとされる。第2章によると、妊娠初期症状として現れる「つわり」は、早い人で妊娠4週から始まるとされている。

 つまり、早い時期に、つわりによる母体に異常が現れても、医師等による妊娠が確認されない限り、この均等法による健康管理に関する措置は適用されないこととなる。妊娠した女性の50%80%以上が感じるとしているこのつわりは、個人差はあるというものの、母体も胎児も非常に不安定な時期である。それにも関わらず、法的な保護はなされていない。妊娠初期の母体、および胎児の健全な状態を保つためには、初回の通院も、均等法第12条の適用が望ましいと思われる。また、このことが、妊娠労働者の母性健康管理のための措置が適切に受けられることとなり、事業主の安全配慮義務の履行にもつながると、考えられる。

 

  また、この均等法第12条の適用時期である「妊娠」の確認であるが、医師等による妊娠の確認がなされた時としている。この妊娠の確認は、多くの場合、妊婦の胎盤の絨毛性性腺刺激ホルモン(ヒト絨毛性ゴナドトロビン、hCG)が尿に分泌されることで判断する。しかし、この方法であれば、現在、我が国で市販されている妊娠検査薬は、医師等がおこなう同等の方法では、hCG50mIULから(妊娠5週あたりでは、1000mIUL)判定が可能の精度の高い妊娠検査薬もある。

昨今、妊娠検査薬の陽性反応で、女性労働者が妊娠を確認し、その後、医師等の受診を受けずに、出産日を迎える例も出てきており、現状では、医師等の妊娠の確認がなされるまで、法的な保護の対象とはなされない。

現状では、この妊娠検査薬の陽性反応を持って、即座に「妊娠」の確認とすることは、まだ検討の余地があると思われるが、この妊娠検査薬の陽性反応で、妊娠が早期に判明することは、事業主は妊娠労働者の母体健康管理に役に立つと考えられる。

  

  もう一つの検討項目は、第3章で述べた独自のヒヤリング結果で、明らかになった。

 妊娠労働者の切迫流産(妊娠22週未満の流産)による退職である。切迫流産は、医師等の指示により、労働負担の軽減措置を行うことによって、勤務可能な場合もあるが、自宅療養又は入院加療の措置がなされ、場合によっては、出産当日まで自宅療養又は入院加療の措置が継続され、職場に戻ることなく、そのまま退職する。

 妊娠週数によるが、ヒヤリングで明らかになった事例は、入院に年次有給休暇を全部消化し、妊娠20週で退職を余儀なくされた。

 この切迫流産に対する均等法による保護規定は、切迫流産が軽症であり、勤務の継続が可能であれば、適用の対象となるが、自宅療養や入院加療が長期化すると、事業所による対処が異なり、休職期間へと移行する場合もあるが、多くの場合は退職となり、均等法による適用の対象とはならない。本人の意向により、休職期間に移行し、在職したまま出産をすることが出来るような制度を設けることが望ましい。

 

第3節  最後に

  今回の特定課題研究では、出産前の妊娠労働者を対象とし、特に均等法第12条、13条による妊娠中の健康管理に関する措置を検証したが、出産前の妊娠労働者においては、妊娠期間が40週と長期であること、その母体と胎児の状態が個々により異なること、および妊娠労働者を取り巻く環境が違うことにより、その形態は多岐にわたる。

 妊娠労働者が妊娠・出産しても安心して働き続けられる職場環境を整備するには、引き続き、就労形態別に調査を行い、労働時間の長短、業務内容の違いによる妊娠労働者の対処をすることが不可欠であると思われる。 

最終更新日時: 2011年 03月 30日(水曜日) 11:38